254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 12:04:17.71 ID:NgOiu6W/0
明けて、2008年6月28日、土曜日。
朝から圭一、魅音の二人は祭りの現場に出て行った。
子ども達はどうやら自分達で祭りを満喫するようだ。
まぁ、戸締りだけ念を押しておけば大丈夫でしょ、という魅音のあっけらかんとした言葉のように、
子どもの頃の自分達よりはしっかりしていると思うからこそ、放っておけるのである。
責任者の立場にある二人は、本部テントや周辺の屋台、更には交通整理まで監督しなくてはならない。
特に、駐車場の収容状況や団体の観光客の動きなどが今年のチェック課題だ。
前年度は予想を超えた集客人数や、マナーの悪い一部の客が問題を起こしたりもした。
そうした問題への不満は、本人を飛び越えて監督責任者や祭りを行う雛見沢自体にも及ぶ。
今年は皆が楽しめる祭りにしたいという思いと、そんな問題から雛見沢を守るという思いと。
それが、責任者の心意気である。
昼間のうちは屋台が店を開けているだけだったので、そちらにだけ注意すればいい。
この時間はまだまだ暇なものだ。
そんな風に圭一が見回りをしている時だった。
「お久しぶりです、圭一さん」
後ろからかけられた声に振り向く圭一。
そこには、ジーパンとTシャツだけというラフな格好をした女性が立っていた。
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 12:05:18.87 ID:NgOiu6W/0
「おおっ、沙都子!久しぶりだなぁ!」
「ご無沙汰をして申し訳ありません。今年はお祭りに間に合うように戻ってきましたの」
言葉遣いは子どもの頃より丁寧になったが、どこか面影が残るお嬢様言葉。
そんな沙都子はきょろきょろと周りを見渡す。
「奥様は本部ですか?」
「おいおい、奥様なんて言うなよ。ああ、魅音なら多分本部でのんびりしてるんじゃねぇか」
「いえいえ、だって『奥様』の方がお二人の反応がおもしろいものでして」
にやにやと笑いながらそんなことを言う沙都子。全く…相変わらずだぜ。
「悟史達にはもう会ったのか?」
「ええ、朝方にお家のほうにお邪魔しておきました。その足で私はお先にこちらへ。
兄夫婦は夕方からこちらの方へ参るそうです」
「なるほどなぁ。まぁ、お前はこういう雰囲気を楽しみたいだろうしな」
「ええ、今まで殺風景な中東の原野ばかりでしたもの、お祭りで心の洗濯をいたしますわ」
今度は中東かよ!こいつの辞書には危険って言葉はないのか?
そんな顔をしていると、沙都子は含み笑いをしながらこう言う。
「危険と安全なんて紙一重ですわ、私は常に用心をしていますが、それでも危険は付き纏います。
日本でもそれは変わりませんでしてよ?」
「どういうことだよ。日本で流れ弾に当たったりするってか?」
「いきなり車に轢かれるかもしれませんもの。それに、この国は地震が多いですしね」
道理だ、と圭一は苦笑した。
256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 12:05:59.98 ID:NgOiu6W/0
「これからどうするんだ?屋台を荒らして回るのか?」
「そうですわね、一応本部のほうにご挨拶して、それから一巡りいたしますわ。
面白い屋台はございますかしら?本部にパンフレットはございませんよね」
屋台に関してはないなぁ、と圭一が頭をかきながら返す。
そうか、そういう需要もあるのか。これは来年検討してみるかな…。
「そうそう、今年も梨花が奉納演舞をなさるのでしょう?
そろそろ梨花が現役を引退するかもしれませんし、これは見逃せませんわね」
「あ、あぁ。そうだな、親友として見届けてやれよ」
「娘さんも可愛くなったのでございましょうねぇ。私のこと覚えてるかしら」
「会いに行ってやればいいじゃねぇか。ついでにお祭りの小遣いでもやってやれよ」
そうですわね、と沙都子が笑いながら返す。
「ではそろそろ行きますわ。お引止めしてごめんなさい」
そう言って沙都子は古手神社の方へ歩き出していった。
…奉納演舞の時間は、これで安全、と。圭一はそっと心の中で安堵の息を吐いた。
268 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 14:32:35.22 ID:NgOiu6W/0
その後一通り巡回して本部に戻った圭一だったが、
本部では魅音が既に泡麦茶を出しているのを見てずっこけることになる。
「な、なんだ魅音!もうそんなもの出しちまうのかよ!昼過ぎだぜ?」
「あ、あ〜、これ?えへへ、沙都子に一杯出しちゃったら、皆が飲みたい飲みたいって…」
な・に・が・えへへ、だ!そんくらい予測しろよ、ったく!
「まぁまぁ前原さん、僕らが急かしちゃったんですから、魅音さんは悪くないですよ〜」
「…富田君。そう言いながら、しっかりこっちにもコップを持ってくるんだな、君は…」
富田豆腐店の大樹さん、が通称となってしまった富田君。
彼は観光客のつまみやおみやげ向けの豆腐せんべいや豆乳飲料も店で取り扱いはじめ、
今では雛見沢の土産店の第一人者にまで上り詰めたのだ。
「富田君は沙都子に会ったのか?こっちに来たらしいが」
「えぇ、会いましたよ〜。また一段とキッツい瞳になってましたねぇ…」
かつて沙都子萌えだった彼も、今ではそれは過去の恋として割り切っているのだろう。
何でもない風にビールを飲み、沙都子ではない、今の奥さんの傍に歩いていった。
そう、過去は、過去なのだ。
皆、それぞれに新しい出会いがあり、新しい道を歩んで、今ここにいる。
それは淋しいことかもしれないが、人間というのはそういう生き物なのだ。
圭一は魅音の傍に座り込み、ぼそりとこう言う。
「…沙都子も、奉納演舞の時は観客席だ」
「…私も聞いた。これで舞台は整った、って奴かね」
269 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 14:33:27.72 ID:NgOiu6W/0
ふふ、相変わらず皆さんお変わりありませんこと。
沙都子は口の端についた泡を拭いながらそう思った。
相変わらず皆のんびりで、楽しくやっているらしい。昼間からビールなんて飲んで。
景色が変わっても、そこはいつまでも変わらないんだな…なんて、センチな気分になりそう。
さて、梨花にも挨拶に行かなくてはね。
「梨花ぁ〜?こんにちは。沙都子です〜っ」
「沙都子?…あら。驚いたわね、いつ日本に帰ってきたのよ」
社務所の中に声をかけると、すぐに巫女装束の梨花が顔を出した。
久しぶりに会う梨花は、まるで記憶の中と変わっていない。
一児の母だというのにまるでそんな雰囲気を感じさせない、冷たい美貌のままだ。
「お入りなさいよ、今お茶を煎れたところだから」
「ええ、では少しだけお邪魔いたしますわ」
元より遠慮するような仲ではない。
大学進学で離れ離れになるまでずっと一緒に暮らした、ある意味家族以上の親友なのだから。
「ふふ、今年は賑やかなお祭りになりそうね」
風が通る和室でくつろぎながら、熱いお茶を飲む。
「そうね。赤坂も今年はわざわざお祭りに来るそうよ。
高校のみんなも今年は来る、なんて連絡がいくつか来てるしね…」
270 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 14:34:33.04 ID:NgOiu6W/0
懐かしそうな面持ちの梨花に、沙都子は笑いながら話しかけた。
「今年も梨花が奉納演舞をなさるんですって?まだまだ現役ですのねぇ」
「ふふ…そうねぇ。まぁ、伝統保全のお達しがお役所から来てるものね。
来年はうちの子にやらせてもいいかな、とは思ってはいるのよ。
そろそろ鍬を持たせてもしっかり持てる歳にはなったでしょうしね」
まだ小さかった頃、綿流しの奉納演舞で鍬の重さに閉口していた梨花を思い出し、
沙都子は少しにやにやした。
「そうねぇ。あの頃からあんなことしなかったら、今頃はもっと細い二の腕でしたでしょうにねぇ」
「…み〜?そんなこと言いやがるのはどの口かしらね?」
一瞬にして猫をかぶった怖い笑顔の梨花が、沙都子の口をアヒルのくちばしにして掴む。
「ひゃ、ひゃひぇひぇふひゃひゃいひゃひ〜!」
「そんな悪いことを言う沙都子にはピヨピヨ口の刑よ。ふふふ、罰ゲームが懐かしいわね」
こうして二人でいると、つい昔に戻ってしまう。
どうにか梨花の手から逃れた沙都子が、笑顔に戻って言った。
「圭一さん達からも訊かれましたけど、今日の梨花の晴れ舞台は楽しみにしていましてよ。
現役最後かもしれないなんて聞かされたら、そりゃもう見ないわけには参りませんわね」
271 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 14:35:28.01 ID:NgOiu6W/0
「圭一から、訊かれた?」
「ええ。…あぁ、そういえば魅音さんからも訊かれましたわ。
富田さんからも、奉納演舞を見に来たの?と言われたぐらいですしねぇ」
何かひっかかることがあるのか、梨花が少し考え込む様子を見せる。
どうしましたの?と沙都子が尋ねると、梨花は顔を上げて、何でもないの、と言う。
「何となく引っかかっているだけなのよ。圭一がね、似たような質問を昨日したから」
「…?どんなことを訊かれましたの?」
大したことじゃないのよ、と前置きして、昨日の質問を沙都子に伝える。
「…勘ぐり過ぎじゃございませんの?本部の連絡役として、役員の予定を知っておくのは当然ですわ」
「そう…よね。たまたま、か」
梨花はそれで結論づけて、そういえば今年は何をしていたの?と沙都子に話を振る。
沙都子は少し釈然としないながらも、中東でつくった武勇伝を尾ひれをつけて梨花に話し始め、
そのことはすっかり、記憶の隅に追いやってしまった。
309 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:28:31.47 ID:NgOiu6W/0
「夕方から大層な人出ですねぇ。バスで来て正解でした」
「そうだねぇ。駐車場はもういっぱいだね」
北条夫妻は夕暮れの雛見沢に降り立ち、あたりを見渡す。
祭り独特の雰囲気と、観光客の人の波。
提灯の灯り、屋台から流れる香り、ざわめきに混じるひぐらしの鳴き声。
詩音はわざと悟史にくっついて歩き出す。
そういった甘え方しか出来ない、とわかっている悟史は苦笑しながら歩き出した。
「ふふ、40近いおばちゃんがこんな風に甘えちゃいけませんよね、やっぱり」
「気になるならやめたらいいんじゃないかな。僕は平気だよ」
もう、と照れ笑いしながら詩音が顔を前に向ける。
その先には古手神社の灯りと、「綿流し祭」と染め抜かれたのぼりの立つ道がある。
それに向かって、二人は一緒に歩き出す。
310 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:28:48.82 ID:NgOiu6W/0
話し込んでいた沙都子が、ふと腕時計を見て驚く。
「あらあら、もうこんな時間ですの?」
「話し込んじゃったわね。そろそろ演舞の準備を始めないとまずいわね」
「では、私はこれで失礼しますわ。演舞が終わったらまた来てもよろしいかしら?」
「ええ、勿論。ゆっくりできるなら泊まっていっても構わないわよ」
「それは流れにお任せしますわ。ではまた後ほど」
そう話して沙都子は表へ出て行き、梨花は演舞のために化粧を直しに行く。
屋台を一巡りして神社に戻ればいい時間というところかしら、などと考えながら、
沙都子はとりあえず、目に付いたたこ焼き屋の屋台を目指した。
311 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:29:13.25 ID:NgOiu6W/0
遅れちゃったなぁ、まずいなぁ。
もう奉納演舞、始まっちゃう時間だ…。
レナはバスを降り立ち、早足で神社に向かう。
今日は保育園の遅番シフトで、出発の時間が遅くなってしまった。
これだけの人だと、もういい場所で梨花ちゃんの演舞は見れないかもしれないな。
今年で最後にする、って聞いてたのに。…悪いことしちゃったな。
とりとめもやり場もない思いに動かされ、彼女はどんどん早足で進んでいった。
既に神社の界隈は大勢の人だかりが出来ていた。
空いている隙間を探そうと、レナは懸命に首を動かす。
その時、手を振ってくる影がふたつ。
「あ、詩音さん、悟史君!こんばんは」
笑顔で詩音がこちらの手を引く。…あっ、という間に最前列へ出た。
「もうすぐ始まるのに、姿が見えないからあせっちゃいましたよレナさん」
「今年は遅番だったんですよ。圭一君たちには連絡したんですけど…」
あれ?そういえば、圭一君たちは…?
312 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:30:03.24 ID:NgOiu6W/0
「そう言えば今年は見に来ないんですかね?」
「本部テントにまだいるのかもしれないね。僕、呼んでこようかな」
そう言って悟史が群集から抜け出していく。
「今年で最後って梨花ちゃんから聞きましたけど、本当ですか?」
「どうでしょうねぇ。娘さんにそろそろバトンタッチ、って話は昨日もしていたみたいだけど」
「そうですか…。何だか、少し淋しいですね」
「そんなことはありませんよ」
えっ、とその詩音の言葉にレナは顔を上げる。
「いつまでも雛見沢も梨花ちゃま一筋ではいられないんです。いつかは交代の時期を迎える。
それがもうすぐ、ってだけですよ。それは淋しいですが、嬉しいことだとも思います」
そうかもしれないね、とレナが頷いた時、悟史が人をかきわけて戻ってきた。
「圭一たち、テントにいないんだ。もしかして、別の場所で見てるのかな」
313 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:30:26.52 ID:NgOiu6W/0
しゃん、しゃん、しゃらん。
鈴の音と共に人のざわめきが一気に収まり、神社がひと時静寂に包まれる。
梨花は息を整え、前を見据えて、一歩、一歩。
もうこの儀式も何回行ったことだろう。だが、行う度に新鮮な気持ちを感じる。
詩音、悟史。ああ、レナも見てくれている。
沙都子は…神社の前で、こちらが歩いてくるのを待っているようだ。
圭一と魅音は…前列に入り損ねたのだろうか。見える場所には、いない。
鳥居から本殿まで、殊更ゆっくりと歩く。神聖な儀式には、その威儀を示す風格が必要なのだ。
さあ、これが最後のお勤めね、羽入。
オヤシロさまの巫女として、最後の仕事を果たすわよ。
314 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:31:02.19 ID:NgOiu6W/0
しゃらん。…しゃらん。…しゃらん。
鈴の音が風に乗って、遠くから聴こえてくる。
それが聴こえる頃、二人は約束の場所の前にいた。
古手神社、祭具殿前に。
圭一も魅音も、先刻から無言で石段に座り込んでいる。
本当に来るのだろうか。露伴のことだから、もしかしたら俺達は担がれたのかもしれない。
それともこれはただの悪戯で、沙都子あたりが「ドッキリですのよ」と書いた板でも持ってくるのか。
落ち着かない気分のせいか、無意識に魅音の手を握る。
彼女はそれに気付き、すぐにその手を握り返してきた。
「仲睦まじいねぇ。思わず妬いちまいそうだよ」
突然背後から声がかけられる。
二人は驚き、自らの背後へ同時に振り向いた。
そこには、あの飄々とした姿があった。
315 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:31:23.54 ID:NgOiu6W/0
「ろっ、露伴さん?露伴さんですか?」
「大きな声を出すなよ圭一君。昨日からちっとも進歩してやしないな、君って奴は」
「う…」
「何度も言うようだが、こいつは極秘会見って奴だ。あまり声を出されては困るぜ」
そう言いながら、建物の影から出てくる露伴。
そこには、あの頃から25年たてばこれくらいか、と思うような壮年の男の姿があった。
だが、かくしゃくとしていると言うよりも…むしろ、年齢を感じさせない若さがある。
40台、下手をすれば30台にも見えかねないほどの外見だ。
「…まだまだお若いですね、露伴さんは」
「いやいや、漫画家ってのは気力がいる商売だからね。運動とかもしていて大変さ」
「あんた、そいつに近寄るな」
魅音が低く告げ、圭一の肩を掴む。
圭一は怪訝な顔をして、魅音の顔へと振り返る。
そこにあったのは、思いつめたような、気を張った表情。
往時の頭首代行の時の、鷹の目をした魅音だった。
「そいつは、露伴さんじゃない」
316 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 19:32:09.22 ID:NgOiu6W/0
「ほう…?この僕が岸辺露伴じゃない?面白いことを言うね」
男はくつくつと笑いながら、右手で何かを素早く走らせる。
そして、左手に持ったスケッチブックを、二人に見えるように開いた。
「こいつじゃ、証明にならないかな?」
それは、あの部活の日に入江のために書いた、メイド服。
彼らの理想のメイドの姿が、あの時と全く同じ構成で描かれていた。
しかもあの時は鉛筆画だったのに、今回は下書き無しのサインペンで描かれている。
「魅音…やっぱり、露伴さんじゃないのか…?」
「いや、明確に違うね。少なくとも彼は、漫画家岸辺露伴ではないし、私達が会った露伴さんでもない」
「ふーん。じゃあ聞こうか魅音ちゃん。その根拠ってやつを、さ」
面白がるような表情で、自称露伴は石段に腰を下ろす。
魅音はその顔にきっとした視線を送り、静かに語り始めた。
341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/01/14(月) 22:05:52.90 ID:NgOiu6W/0
「…まず、彼が漫画家、岸辺露伴ではありえないという方の証明からしよう。
彼の外見。…うん、若く見えるけど、あの時私達が会った露伴さんよりも老けてるね。
確実に40台には届いているって感じだよ」
「おいおい、人を見かけで判断するのかい?」
「じゃあ逆に聞いてみよう。…露伴さん、私達に会ったとき、20代だって言ってたね。
今は一体、いくつになったんだい?」
「…今年で、54になるね」
おいおい、マジかよ…と圭一が唖然とするほどの若さだ。だが、魅音は得たりとばかりにニヤリとする。
「そこがおかしいんだよ。だって、漫画家の岸辺露伴は今年でやっと29歳なんだから」
「な、何ッ!魅音、お前そんなことどこで…」
「知ってるかいあんた?岸辺露伴って漫画家は天才でね、デビューしたのは何と16歳の時。
現在も絶賛連載中の、『ピンクダークの少年』がデビュー作なのさ。
これは当時の新聞や週刊誌にも載って、大いに話題になったことだから信用できることだよ。
それから彼は怪我による休載などを挟みながら、ずっとこの13年間連載を続けた」
圭一はよく見えない話なりに頷く。
「だとするとおかしくないかい?手紙にこう書いてあったことをあんたも覚えてるだろう?
『最近の僕の漫画は読んでくれてるかい?是非お二人の感想を聞いてみたいと思う』。
これが決定的に、目の前の露伴さんと矛盾するのさッ!」
ドギュゥゥゥゥゥゥン
342 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 22:06:23.71 ID:NgOiu6W/0
「そうかッ!漫画を描いている『露伴さん』は確実に29歳ッ!だがこの『露伴さん』は…54歳と名乗った…ッ!」
圭一が恐怖ゆえか、一歩じりっ、と下がる。
だが、目の前の露伴は揺るがないッ!重ねてこう詰め寄ってくるッ!
「なるほどなるほど。そういえば僕、そんな風に書きたてられたんだっけね。
かっはっは、ソースがネットの風説程度だったら論破してやろうと思ったんだけどなぁ」
「お生憎だったねぇ。こちとら小さい頃から漫画は好きさ。
ピンクダークの少年、全巻揃えてるよ。面白い漫画だね、あいつは」
「そいつはありがとう。…じゃあ、次のステップだ。
この目の前にいる僕は漫画家、岸辺露伴ではないらしいね。
では、君達が昭和58年に会った岸辺露伴。それが今の僕と矛盾する点がどこにあるっていうんだい?」
「…声、だな?魅音」
「流石、私の旦那様だよ。そう、昨夜の電話、覚えてるかい?露伴さん
思い出したきゃ、一応録音も録ってあるんだけどねぇ」
「…。あぁ、そういうことか。こいつは簡単な失策だったらしいな」
目の前の露伴が、心底可笑しくてたまらないといったようにクスクスと笑い始める。
349 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 22:45:10.32 ID:NgOiu6W/0
「…そう。今私達が聴いてる彼の声と、電話の彼の声。
電話、って媒体を介しただけでこんなに変わるもんかい?」
そう、たったそれだけのこと。
どんなに顔が歳を取ってないように見えても、声だけは。声だけは、誤魔化しようがない。
あの日、圭一は一声聞いただけで「露伴さん!?」とわかった。
それだけ、記憶にある露伴の声と一致したのだ。
だが、今の彼はどうだッ!?
姿を見て、ようやく「露伴」であるとわかるような声なのだ。
「…そう。少なくともあんた、昨日の電話の露伴さんじゃない。それだけはわかる。
だがそれだけで十分だ。昨日、私達と電話していたのは、声と言う記憶を信じる限りは露伴さんだった。
そしてその露伴さんは、私達とのこれまでの連絡の情報をきちんと得ていた。
そして、どういう手段でかあの時会った私達に連絡もつけてきたし、お互いしか知りえない単語も交わした。
だから、今まで私達が連絡しあっていた露伴さんは、25年前に会った本物だ。
だからだよ。あんたは私達の知るいかなる『露伴さん』と繋がりがない。
どういうことだい?このまま私達をペテンにかけようとお思いかい?」
「怖い怖い。そういうところ、昔の君のお母さんにそっくりになってきたな」
だが、これだけ追い詰めても、彼は飄々とした態度を崩さない。
そして、彼はすっと立ち上がり、こう言った。
「フォルドさせてもらうよ。このゲームは君達の勝ちだ。サービスが過ぎたのが敗因だったな」
350 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 22:45:32.13 ID:NgOiu6W/0
「フォルド?こいつはカードゲームなんかじゃないよ。例え降りても私達は帰らない」
「そうだぜ。あんた一体、誰なんだよ?ことと次第によっちゃ、ただで済むと思うなよ」
立ち上がり、ぐっ、と身構える魅音と圭一。だが、そんな二人を一顧だにすることなく、
露伴を名乗った男はこう言い放った。
「おっと、誰か来たかな」
その言葉に、はっと後ろを振り返る二人。
だが、そこには誰もいない。…しまった!謀られたかッ!?
そう思い、慌てて男のほうに向き直ったッ!
時間にしてコンマ5秒ほどのこと。
だが、それだけあればこの男には充分ッ!
「久しぶりだね、二人とも」
数瞬前まで男がいた場所には、25年前と寸分違わない、岸辺露伴の姿があった。
362 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 23:34:04.15 ID:NgOiu6W/0
「…タネ明かししてもらっても構わないかな」
目の前の事態に絶句している圭一に変わって、魅音が静かに問いかける。
目の前の露伴は、あの時の記憶と変わらない声でこう返した。
「構わないが、まだそんなに警戒されてるんじゃ困るな。
とりあえず、もっとリラックスしてくれよ」
そう言われて、無意識のうちに警戒態勢を取っていた自分に気付く。
そして、あろうことか細かく震えてさえいたのだ。
しっかりしろ魅音。顔を両面からはたいて気合を入れなおす。
「僕はね、魅音ちゃん。この能力のおかげで、あの日の雛見沢に行ったんだよ」
この能力、というのがわからない。
だが、魅音は続きを促した。
「僕らの間…つまり、こういう能力を持ってる連中の間では、こいつを『スタンド』と呼んでる。
まぁ、有体に言って超能力と変わらないな。
そして…僕の持っている能力は、『人の個性に関わる』ことが出来るんだよ」
363 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 23:34:26.07 ID:NgOiu6W/0
「話が全く見えない。どういうことだ…?」
圭一がおそるおそる、尋ねる。
「順を追って説明しようか。まず僕は君達が会った露伴ではない。
先ほどの茶番は、それをどう面白く教えてやろうか、っていうアイディアから生まれたものだ。
まぁ、結局看破されたあたり、僕にはゲームを作る才能ってのはないらしいね」
「余計なことはいいよ。ちゃっちゃと話しな」
「そうだな。パラレルワールドってわかるかい?
こことは違う時間の流れてる、同一で、しかし違う平行世界、ってやつ。
漫画をよく読むんなら、一度くらい聞いたことあるだろ?」
二人は頷く。最早こんな超常現象を前にしては、何でも来い、というやけっぱちな気持ちが生まれつつあった。
「君達が過去に出会ったのは、その平行世界から来た僕だ」
364 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 23:35:48.47 ID:NgOiu6W/0
露伴の話を要約するとこういうことになる。
平行世界では、この雛見沢に有毒ガスが噴出し、村民は全員死亡、村は閉鎖されるという、
『雛見沢大災害』という恐ろしい出来事があった。
2008年の露伴はその事件に(漫画家的な意味で)興味を持ち、調べ始める。
そして調べていく過程で、大石達と『オヤシロさま』に出会ったのだ。
「お、オヤシロさまぁ!?正気でいってるのかよ、露伴さん…」
「…疑う理由はないよ、あんた。何があったっていいじゃないか、そんなクソッタレの災害が起きなきゃ…」
「まぁ、信じる、信じないは最後まで聞いてからにしてくれよ」
露伴の持つスタンドが、彼女―オヤシロさまと出会うきっかけとなったのだと言う。
力に引かれて露伴の時代に現れた『オヤシロさま』は、ある一人の少女を救ってほしいと嘆願する。
その少女は、今まさに向こうで演舞を行っている、古手梨花。
露伴は梨花を助けることと、大災害の真実を見極めるため、調査活動を開始。
そして…梨花は、助かった。
梨花の死と、雛見沢大災害が直結していることは、露伴があまり説明することはなかった。
圭一、魅音は雛見沢症候群のことについては既に悟史の件などから知っており、
それが関わっていたものだった、というだけで納得してくれたようだ。
366 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 23:36:21.03 ID:NgOiu6W/0
そして、露伴はその世界から帰還する前に、ある『工作』を施した。
彼の能力『天国への階段(ヘブンズ・ドアー)』で、雛見沢で彼に深く関わった住人から、
彼に関する記憶を一切、思い出させないようにしたのだ。
また、露伴を思い出そうとすると記憶の改変が行われるようにも仕向け、
彼は文字通り、雛見沢から『消え失せた』。
「何故そんなことをしたんだい?忘れる必要なんかなかったじゃないか」
「ふふ、これは僕の我侭だよ。だって、『消える』運命の人間なんか覚えてたら、
君達が前に進む足枷になっちまうじゃないか」
それは露伴自身のことなのかもしれない。
杉本鈴美の幽霊を救おうと決意したきっかけである、欠けた記憶のこと。
「君達の結婚式、僕は行けない運命だったからね。だから、君達には僕なしでくっついてもらったのさ」
「水臭いじゃねぇかよ…露伴さんよぉ…」
圭一は、拳を握り締めながら、そう呟く。
「覚えてさえいれば、結婚式で思い出話も出来るじゃねぇか…!
そんな勝手なことしねぇで、潔く俺達の思い出になってくれってんだよッ!」
「…それも道理だね。それに関しては謝らせて貰おう。別世界の僕が悪いことをした」
あまり悪びれない様子ではあったが、露伴は一応頭を軽く下げた。
370 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:08:30.74 ID:6rSDzzFW0
「質問してもいいかい?露伴さん…私が25年前に会ったのは、平行世界の人間なんだよね?」
「あぁ、間違いないね」
「じゃあどうして…それが今ここにいる露伴さんに繋がるんだい?」
「そうだぜ。言わば25年前の露伴さんと今の露伴さんは他人と言ってもいいはずじゃねぇか」
それは少しややこしい手順を踏んだんだ、と露伴は苦笑して話し始める。
ある団体に二通、手紙を送った。その団体は露伴の知る限り、世界で最も信用できる団体であり、
その団体に意見できる立場の男に、露伴は自らこう書いて送ったのだ。
『浮気には十分、ご注意を』…と。
「あとは彼の好きな俳優のスキャンダルなんかを少々ね。
ま、信用に足る内容だったんじゃないかい?こうなった以上は」
「で、…送らせたんだね?自分自身に、手紙を」
「ご明察。読んだ瞬間、この世界の記憶が戻るように自らスタンドで仕掛けを施した手紙をね」
正確には、手紙に描いた自らの絵に仕掛けたのだ。
「これを目にした『岸辺露伴』は、平行世界の雛見沢の記憶を得る」…という、あまりにも大雑把な仕掛けだったが。
371 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:08:58.84 ID:6rSDzzFW0
そして、露伴の目論見は当たった。
彼は見事に平行世界の記憶を得て、『雛見沢大災害』の起こらなかった世界の『岸辺露伴』となった。
そして…今日。2008年、平成20年の、綿流しのお祭り。
彼は再び、雛見沢に行ってみようと思い立ったのだ。
「で、ついでに君達を少々驚かしてやろうかと思ってね。
いやぁ、大の大人が素でビビっちゃうところなんて、中々見れたもんじゃないしね」
「…住所と電話番号は、インターネットから辿ったんですね?」
「ああ。今は便利な時代だよなぁ。綿流しのお祭りの運営委員さんの連絡先、簡単に載ってるんだからな」
それでか。圭一は頭を抱える。確かに、連絡の受付先には自宅の住所を載せていた。
それに電話番号なんて、彼のスタンドの前には巨大掲示板の検索も同じだ。簡単にわかってしまったことだろう。
「ということは、さっきの年とった露伴さんも…」
「君達がそこに座っている時に、『年月相応の岸辺露伴が見える』ように書き込ませてもらったよ。
で、君達が油断した瞬間に、その書き込みを消し去らせてもらったというわけさ」
「…ったく。推理小説に超能力は反則ですよ、露伴さんってば」
「そりゃ悪かったね。まぁ、事実は小説よりも奇なり、ってことさ」
377 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:30:25.14 ID:6rSDzzFW0
「…まだ、皆は忘れてるんですよね。露伴さんのこと」
圭一がぽつりと漏らした一言に、露伴は軽く頷く。
「あぁ、彼らにはスタンドの書き込みを解く『きっかけ』…
君達に送った封筒の切手の絵みたいなものは、送りつけてないからね」
「だったら!それを見せてやれば…!」
「無駄だよ」
思わぬ一言に、圭一が凍りつく。…何故魅音が、そんなことを断定できるというのか。
「そんなことを私達に教える時点で、あの切手にはもう何の効果もないんだ。
少なくとも、沙都子達の記憶は戻らない」
「…そんな!嘘だろ、露伴さんッ!」
「…いやぁ、実に頭が冴えてるね、魅音ちゃん」
その言葉が婉曲に、魅音の言葉を肯定している。
圭一は、その露伴の態度に呆然とした。
「…そして」
露伴が再び立ち上がる。
「君達にも、今日のことは忘れてもらうよ」
378 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:31:03.74 ID:6rSDzzFW0
「そんな!嘘だろ、だって」
圭一が何かを必死で伝えようとするが、魅音はもう、その時には覚悟を決めた。
あの不可思議な能力からは、どうやっても逃れることは出来ない。
園崎家の一員として死線をいくつも潜った魅音には、それが痛いほどわかった。
わかりたくは、なかったが。わかりたくも、なかったが。
二人に近づいてくる露伴は、少し淋しそうな顔をしている。
「僕はね、ただ、あの頃の君達に、これだけ伝えておこうと思ってたんだよ。
どうやら君達を直接くっつけちゃったの、僕みたいだしな」
近づいてくる。ちかづいてくる。
「結婚、おめでとう。これからも仲良くな、お二人さん」
その言葉を最後に。
圭一と魅音は、祭具殿の前で昏倒した。
383 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:47:20.70 ID:6rSDzzFW0
奉納演舞が終わる。
神社の境内から、一斉に湧き上がる拍手。
本殿から梨花は、汗を拭いながら下をゆっくりと見渡した。
最前列で沙都子が笑顔で手を叩いている。
石畳の近くで、詩音、悟史、レナが拍手を送っている。
そして…圭一たちも、いた。
本部テント近くの集団に紛れて、二人ともコップを片手に声を張り上げているようだ。
ブラボー…かしら。日本語でいいわよ、もう。
「いやぁ、おつかれさん!梨花、今年もカッコよかったねぇ!」
神社を退場し、ぐったりと休んでいた社務所に魅音達が押しかける。
勿論手には、泡麦茶だ。今冷蔵庫から出したばかりなのか、冷気が漂っている。
「本当でございますわ!今年は気合が違いましたわねぇ」
「うんうん、そうだね!今年はどうしたのかな、かな!」
「何でもないわ。ただ、今年で最後かもしれないもの。気合くらい入るわ」
淡々と、梨花はそう返す。疲れた体に、魅音が注いでくれた泡麦茶が染みる。
約束は守ったわよ、羽入。
385 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:47:51.85 ID:6rSDzzFW0
「でもなぁ、何か今年の演舞、泣けたぜ〜!」
圭一が無闇に感動している。…今年の気合、そんなに入っていたのかしら?
「泣けた、とはまた妙なことを言いますわね、圭一さん。
確かに気合は目を見張るものがありましたけれど…」
「いや…なんだろうな?何か、言葉にできねぇんだけど…そう、
誰かに祝福されたような、それで悲しい別れがあったような…。
そんな気がしてさ。あ、いや、変な意味じゃねぇぜ?
ただ、無性にそんな感じがして、泣けたっつーか…」
圭一の要領を得ない話に、一同はどっと笑う。
梨花の気合が圭一を泣かせた、としきりにからかわれ、
向きになった圭一はますます一同にいじられることになった。
そう、これがこの夏の物語。
いつもと変わることのなかった、ひと夏の物語である。
-Fin…?-
386 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/15(火) 00:48:35.34 ID:6rSDzzFW0
どこかの分岐に、これとは違った物語があったかもしれません。
どうか、このスレを読んだあなた。
この物語を、幸せに導いてください。
それだけが、>>1の願いです。
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