131 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 15:15:12.03 ID:sjX/wdi/0
2008年6月27日

いよいよ明日が綿流しのお祭りの日である。
今日は魅音は部屋にこもっているわけにはいかない。
『雛見沢観光協会』の職員としての仕事をするため、今日は外出するのである。

『雛見沢観光協会』。
これは雛見沢の案内や土地分譲などを積極的に推し進めようとしていた御三家ゆかりの団体で、
それが「観光名所」として雛見沢村がピックアップされると同時に、
雛見沢村の環境保全、区画整備としての団体に変化していったものだ。

これも話せば長い話になるが、魅音と圭一が結婚した翌年のこと。
雛見沢村に保全されてきた園崎家や公由家の敷地にある合掌造りの集落が、
世界文化遺産に指定されたのである。
そこで全国、はては世界各地から観光客がやってくるようになった雛見沢に対して、
魅音は周囲を唖然とさせるようなアイディアを提案した。

曰く。
園崎本家を開放して、観光名所にしてしまおう、と。

132 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 15:16:04.26 ID:sjX/wdi/0
先祖伝来の屋敷を開放する、という話に当然一族は難色を示した。
だが、せっかく観光客が来ているのに、彼らを満足させる観光的な要素がほとんどないのは、
彼らも薄々はわかってはいたのである。
精々、合掌造りを遠くから眺め、写真を撮るだけ。
ならば。という魅音の大胆な提案に、茜がこう問い正した。

あたし達の故郷を蹂躙させるつもりかい。

いいえ。蹂躙ではなく、開放と思っていただきたい。
そしてこれが何よりも雛見沢のためになると、私は信じております。

それが蹂躙ってんだよ。…ったく、皆が帰る家をなくしちまおうってのかい?あぁ?
それは単なる「生贄」ってんだよ。この家を供物に捧げるつもりかい。

皆が帰る家はここです。この雛見沢です。
家が変わろうと、皆が集まる場所はまた作れます。
だから、この家を皆に諦めることを強いているとしても!
次の時代の雛見沢のため、この家を、開け放ちましょう。

無論実際はこれ以上の修羅場が展開され、ポン刀やら何やらが飛び交う危険地帯になったのだが。
最終的には茜の一言でこの内紛はケリがついた。

もういいよ、好きにやりな、と。

133 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 15:16:50.11 ID:sjX/wdi/0
そして、園崎本家は観光名所として開放される。
その他の点在する合掌造りには、遺産保護費用などを自治体が運用し、有料の公園とした。
道路や駐車場も整備され、念願の高速道路ICも開通される。
雛見沢村が一大観光区として動き始めた中、魅音は不安でいっぱいだった。

これで本当によかったのかな、圭ちゃん。

わかんねぇ。けど、それを決めるのは俺達じゃないだろ。

そう言いながら圭一は、自分が押しているベビーカーを見やる。
結婚してすぐに生まれた、彼と彼女の子ども。

決めていくのはこいつらだし、これをどうするかもこいつらの世代が決めるんだぜ。
…ただ、な。俺はこっちの雛見沢も悪くないと思ってる。

どういうこと?

村の中だけがあったかいんじゃ駄目だ。その暖かさを外に伝える、ってことだろ、こいつは。
その仕事は間違いなく、俺の中では「よかった」と思うぜ。

…そっか。…ありがとね、『お父さん』。

134 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 15:17:51.75 ID:sjX/wdi/0
そして、そうした環境保護の機運が高まる中で、
綿流しのお祭りは更に大掛かりなものへと変わっていった。
古手神社にはもう梨花ちゃんしか残っていない。だが、彼女は立派に勤めを果たしていた。
それをサポートするのが、残りの御三家であり、観光協会。
そして更に、伝統行事の保全という名目で、国からの援助もおりるようになった。

最早観光事業は雛見沢の主要事業となっていた。

一度里帰りした沙都子の、「あらあら、すっかり様変わりしましたのね…」という、
少し淋しそうな顔は忘れられない。
だが、それも時代なんだよ、と圭一が声をかけた時、そうですわね、と沙都子は笑顔で返した。

変わらなければ、にーにーが帰ってくることも、お二人が結婚することもありませんでしたものね。

その沙都子の指摘に、二人は思わず顔を見合わせて苦笑した。
そんなにくっつかないように見えていたのだろうか、自分達は…。

151 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:05:25.86 ID:sjX/wdi/0
雛見沢に向かう途中、魅音はそんな思い出話を圭一に語る。
どうも露伴が来ると聞いて、昔を思い出すスイッチが入ってしまったということだろう。
昔を語りだすようじゃあもう立派なおばさんだよねぇ、と苦笑いしながら、
車は一路、古手神社の集会所を目指す。

現在の自治会のメンバーの多くは、あの分校のメンバーたちになっている。
富田や岡村も、今ではすっかり村のおじ様の仲間入りを果たした。
そして、彼らが父親、母親となって、その子ども達は雛見沢の学校に通っている。

「あら圭一、魅音。今日はよろしく頼むわね」
入り口前で梨花ちゃんに会った。…いや、もう梨花ちゃん、ではない。梨花、だ。
高校生に上がった頃、もうちゃんづけはやめてほしい、と彼女が言った。
そして今更苗字を呼ぶのも他人行儀であったために、呼び捨てとなったのである。
「うん、よろしくね。今年の運営も任せっきりでごめんね、梨花」
「気にしなくていいのよ。人にはそれぞれ役割があるものだもの。
 あなた達は興宮で、私はここで。それぞれに頑張ってるじゃない」

梨花の言葉に、魅音はただ頭をかくばかりであった。

152 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:06:02.07 ID:sjX/wdi/0
「あはは、お姉も変わりませんねぇ。はろろ〜ん、です」
「あ、詩音!どうしたの、病院行かなくていいの?」
「今日からダンナと一緒にお休み頂いてきちゃいました。まぁ、腐っても婦長やってますしねぇ」
「だからこそ休んじゃダメでしょ〜が!全く、悪徳ドクターたちめ…」

詩音は今、興宮の病院で看護婦をやっている。
奔放な少女時代を過ごした何故彼女が看護の道を選んだか。
…それは多分、彼とのふれあいの影響が多分にあるのだろうと思う。

「あら詩音、ダンナが向こうから走ってくるわよ。あなたたちも相変わらずなのね」
「梨花ちゃまに言われたくはありませんねぇ、あはは」
遠くから走ってくるのは、鞄を二つ抱えた黒めのシルエット。
「まってよ詩音、荷物くらい持ってくれよ…あ、圭一、魅音、梨花。こんにちは」
線の細い、こんな場所にもきちんとスーツを着てくる律儀な男。

「おぅ悟史、お前とは久しぶりだな!どうだ、最近は」
「ん〜、最近もなかなか人が多くてね。むぅ、本当はこんなことで儲かる世の中じゃいけないんだけどなぁ」
…北条悟史。彼もまた、医療の道へ進んだのである。

153 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:06:38.12 ID:sjX/wdi/0
結局、雛見沢症候群の研究は3年で終わることはなかった。
入江が3年で完成できた研究は、雛見沢住人に脳内に寄生した細菌を撲滅する特効薬のみであったのだ。
もちろんこれは村内にインフルエンザの予防、と偽って投与することが出来た。
女王感染者の梨花も例外ではない。
村の細菌が死滅した直後に、彼女の脳内の細菌も駆除すべく投薬が行われた。
…これで、女王のいなくなった細菌は寄る辺を失い、ひっそりと自滅の道を歩むことになる。

だが、研究所の地下にいる悟史はそうはいかなかった。
無論、彼も脳内の細菌も投薬により駆除はした。…だが、それだけで終わるわけではない。
彼の傷ついた脳神経の修復には、正直に言って入江だけでは処置の下しようがなかったのである。
ただ、寄生虫の消滅した今、既に彼は雛見沢症候群末期症状の患者というわけではない。
だとすれば、脳神経科の権威に見せればまた違った処置も取れるのではないか。
そう考えた入江は、研究区画の閉鎖の前に、彼を他の病院に搬送することを決定した。

研究区画が水没した後、入江診療所はそのまま地域の診療所としての活動を続けた。
僻地医療の重要さや、雛見沢症候群がまた何らかの理由で再発した場合、
そこにはその道に精通したプロが必要となる。
それが、入江を雛見沢に踏みとどまらせた理由であった。

…まぁ、メイドがどうたら、と呟いていたのは誰もが聞かなかったことにしたのだが。

156 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:46:11.52 ID:sjX/wdi/0
その日は、意外に早く訪れた。

「…。…?」

目を開く。…体が重い。…ここはどこだ?
確か僕は、監督と一緒に車に乗ってて…眠っちゃったんだっけ。

「北条さん?聴こえますか?北条さん?」
隣で誰かが呼んでいる。…首を動かすのがつらい。
小さく、聴こえます、と返事をする。…そう言ったつもりだ。
すぐに先生を呼びます、とその人はばたばたと外へ出て行った。
何なんだろう。ここは…病院?監督の診療所…よりも、天井が高いような気がする。

「北条さん」
先ほどとは違う、低い男の声がする。
首に全身の力を集めて、ゆっくりと横を向いた。
眼鏡をかけた男性が、こちらを見ている。…誰だろう。
「北条悟史さん、と言ってわかりますか?」
小さく頷く。僕の名前だ。
「ここは病院です。…申し上げにくいですが、あなたは5年間、眠っていたのですよ」
気だるい目覚めの中、その言葉は全くリアリティを伴わずに悟史の耳に届いた。
5年?そんなに眠れるものじゃないだろう、人間って。

157 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:46:37.18 ID:sjX/wdi/0
次の日のお昼。
この病院の入院患者の面会時間が始まるのは午後3時からである。
その時間ちょうどに、部屋をノックする音がした。
返事をしたが、外に聴こえるかどうかもわからない。ただ、ぼんやりと意識はあった。
部屋に入ってきたのは、たった一人だった。

…やあ、詩音。どうしたの、そんな顔して。
「悟史君…私がわかりますか?」
わかるよ、わかる。…あぁ、声が聴こえないのかな。これでいいかな。
「悟史君…っ!」
あはは、詩音、恥ずかしいよ。僕、あんまり動けないんだからさ。
「悟史君、悟史君、さとしくんっ…!っく、えっく…」
泣くなよ詩音。…あぁ、随分大人っぽくなったね。やっぱり、5年、かぁ…。

158 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 18:47:28.05 ID:sjX/wdi/0
「悟史君…私ね、ずっと待ってたよ…?」
うん。ごめんね。
「絶対、悟史君とこうして、また会えるって、信じてたよ…?」
ありがとう。
「でも…もしかしたら、もしかしたら…それに絶望することもあったかもしれない…」
そうだね。5年だものね。
「でも、でも、でも…悟史君はこうして、今、私のこと、見てるよね…?」
うん。…あぁ、頷かなくちゃ。うん。
「私…それだけで…嬉しいんです…えっく…」
むぅ。あんまり泣かないでよ、詩音…。恥ずかしいよ…。

筋力を総動員して、腕を持ち上げる。
そして、詩音の頭に、ぱたりと乗せた。
そして…力なく左右に動かす。

「…っ!ふぁ…」
詩音、ありがとう。
「悟史君っ…あぅ…えっく…ふぇぇ〜ん…」
だから泣くなよ詩音。僕はもうどこにも行かないよ。
「お帰りなさい…さとしくん…っ!」

うん、ただいま。
心配かけて、ごめんね。

180 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:20:47.86 ID:sjX/wdi/0
後から医者に聞いたところによると、
雛見沢から移送された後、悟史は脳に大きな手術を受けたらしい。
脳内を検査し、異常が認められる部分を外科処置し、
あとは意識が戻るのを待つばかりだったのだという。
ただ、それがいつになるかは全く予測がつかなかった。

沙都子に人形をプレゼントしなきゃ。
そして詩音に、ありがとうを言わなきゃ。
…夢の中で、ずっとそう思ってた気がするんです。

そう医者に打ち明けた時、医者はこう言った。
あなたの精神力と思いやる心が、あなたをここに引き戻したんでしょうね…と。

そんなことはないです。ただ…呼ばれたんだと思うんです。
僕に、もう一度会いたいって。皆が呼んでくれたから…。

ああ、妹さんのことですか、と医者は笑う。
妹―沙都子は、詩音が一人でお見舞いに来た次の日にやってきた。
…詩音を含めた、5人の男女と共に。

181 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:21:24.48 ID:sjX/wdi/0
その日は前日に比べ、ずっとはっきりと覚醒出来ていたように思う。
体が思うように動かないのは、5年間の寝たきり生活のためだ。
体に怪我があるわけではなかったが、やはり随意筋というものは意識的に動かさないとすぐにだめになるらしい。
自発的に歩けるようになるには、1年以上のリハビリを覚悟してほしいそうだった。
午前中にそう説明を受け、悟史は少し憂鬱な気分になった。
これからしばらくは首振りだけが、彼に許されたコミュニケーション手段なのだ。

その日の午後、5時頃であったろうか。
悟史のいる部屋のドアが、控えめにノックされる。
声は、まだうまく出せない。だからそのまま待った。

詩音と…あれは、魅音。
他の子は…誰だろう。…レナ、だけは何となくわかる。
ああ、お見舞いに今日も来てくれたんだね。嬉しいなぁ。

そのグループの中からおずおずと進み出た子がいる。
高校の制服なのだろうか、ブレザーを着た、少し小柄な子。
その子が、顔をあげて、こちらを見つめてきた。

…そっか、もう高校生になったんだね。
ごめんね、沙都子。

182 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:22:06.10 ID:sjX/wdi/0
にーにー…お久しぶり…ですわ…」
「…沙都子。悟史君はまだうまく喋れないそうです。
 ほら、悟史君。わかりますよね?沙都子です」
もちろん。頷いてみせる悟史に、沙都子がゆっくり近づいてくる。
「…しばらく出ています。悟史君、沙都子の恨み言を聞いてあげてください」
そう言って、詩音は他のメンバーに退出を促した。
魅音達はそれを察し、次々に出て行った。
「沙都子。部屋の外にいますから、また呼んでくださいね」

「にーにー…」
ごめんね、ごめんね沙都子。ずっとほったらかしにしちゃったね。
「…詩音さんはああいってますが、私、にーにーを恨んでなんかいませんわよ…」
…そんなことないだろ?謝らせてよ、沙都子。
「私…ちゃんと一人でお料理もお洗濯も出来るようになりましてよ。
 あの意地悪な叔父様も、北条のお家から追い出したんでございますの。
 北条のお家…いつでもにーにーが帰ってこれるように、お掃除もしてありますのよ」
そうなんだ。沙都子はえらいなぁ。僕はまだそんなこと出来ないのにね…。
「早くにーにーがお食事出来る様に…なってほしいですわ…
 そしたら…っ、わたくし、にーにーの大好きな…っ、から揚げを作って差し上げましてよ…!」
うん、楽しみにしてるよ。
だから沙都子…こっちへおいで。

悟史は力の入らない手でそっと、手招きをした。

183 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:22:34.58 ID:sjX/wdi/0
その手招きに呼ばれるように、悟史に近づいてくる沙都子。
「にーにー…っ、に゛ぃに゛ぃぃー…っ」
顔を上げてよ沙都子。…あぁ、大きくなったね。
でも泣いちゃだめだよ。せっかくの美人が台無しだよ?
「こんなに細い手で…っ、ひっく、細い体になって…っ!
 わ、私よりにーにーの方が痩せてるなんて、あんまりですわよ…っ!」
あぁ、ほんとだ。僕、こんなに細くなっちゃったのか。
「だからっ!にーにーは早く元気になって、っく、私よりがっしりなさいませっ!
 それまでずっと、うっく、ずっと、私が傍にいますからねっ!
 もうずっと…兄妹、一緒でございますからねっ…。ふぇ、うぇ〜〜ん……」

ありがと、沙都子。こんなにーにーで、ごめんね。

言葉にならない思いは、詩音の時と同じように右手にこめる。
そしてそっと、ずっと、悟史は沙都子の頭を撫で続けた。
泣きじゃくる妹が、落ち着くまで。

その後、詩音と一緒に入ってきた魅音、レナ、梨花ちゃん。
一人、初対面の男がいた。彼は、前原圭一と名乗った。

魅音と彼が、ずっと交際していることを、
帰り際に沙都子がそっと、教えてくれた。

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 23:49:07.11 ID:sjX/wdi/0
悟史はそうして、現代に帰ってきた。
詩音と沙都子の献身的な介護、入江のバックアップ、部活メンバーのみならず、村全体の協力。
様々な力が彼の中に注ぎこまれ、生きる力を与えたのかもしれない。

腕がようやく自由に動くようになった頃。
沙都子に、あの大きなくまのぬいぐるみを手渡した。
今までためていたプレゼント分には全然足りませんでしてよ、と嘯く沙都子は、
言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしていた。

僕、監督みたいな立派な大人になりたいです。
会話訓練の半ばで入江にそう言った時、彼は複雑そうな顔で喜んでくれた。
「私はそんな立派なものではありませんよ」と言う入江に向かって、
悟史は、そんなことはありませんよ、と真剣な顔で返した。

字が書けるようになった。
服が一人で着られるようになった。
長い距離を、歩けるようになった。

退院の折、詩音が悟史に「これからどうしますか?」と尋ねた時。
悟史は、大きな決意を彼女に打ち明けた。
勉強して、医者になりたいと。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 23:49:27.74 ID:sjX/wdi/0
大検と奨学金の審査を両方パスし、悟史は念願の医学部に入った。
見た目や年齢では周囲からは完全に浮いていたが、そんなことは気にしなかった。

僕にだって、救いたいものがあるんだ。

沙都子がいじめられていたあの時に芽生え、
雛見沢症候群について入江から聞いて育った気持ち。
ずっと心の中でわだかまっていたものがあった。
人が信用できなくなる病気。
だったら、誰か一人だけでも信じてくれる存在があれば。
そんな風に悩みが相談できればいい。

それを誰かに教え、分かち合うこと。
そしてそれを癒すこと。
悟史はそんな思いから、臨床心理について勉強していった。
そして…

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 23:50:48.21 ID:sjX/wdi/0
「…まぁ、最近はね。悩みを抱えてる人が多い世の中だからね」
「そうだよなぁ…。もし俺達が何か抱え込んだら、お前のところにいくことにするぜ」
「むぅ、そんなに頼りにされても困るよ、圭一…」
「ほらほらお義兄さん〜?もう会合が始まっちゃいますよ?」
「そうね、早くしないと圭一抜きで始めるわよ」
「だ〜っ、詩音、梨花ぁ!お前らはすぐそうやって俺達を標的にしやがって!」

色々なことがあった。
詩音と結婚した時。沙都子の花嫁衣裳を見送った時。
そして、兄妹がお互いに自立し、離れた時。
そしてそして…今がある。

「そうそう。今年の祭りは沙都子、帰ってくるってさ。
 しばらくは日本で編集者と一緒に仕事するらしいから、お盆もこっちかもしれない」
その話をした時、圭一の背中が一瞬緊張したのは見間違いだったろうか。
だが、振り返ったときにはもう、そんな様子はなかった。
「そうかぁ!たまにはあいつも兄貴孝行しないといけないしな!」
「むぅ、また怪我してないといいんだけどね…」

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 23:51:27.81 ID:sjX/wdi/0
沙都子は防大を卒業した後、自衛隊に勤務し始めた。
エリートとして将来を嘱望された沙都子だが、やがて軍隊は自分には向いていない、と辞職。
その後、国防や戦地のエキスパートとして世界各地を飛び回り、
そのレポートを新聞社や出版社に持ち込むようになった。

部活の延長でスパイでもやってんじゃないのかと魅音が言ったことがあるが、
それは定かではないし、沙都子は「国に尽くす」ようなタイプじゃない。
ただ、罠をかけ、それに引っかかった相手のことを包み隠さず報道する。
そんな、自分の興味だけで今も動いているのだろうと僕は思っている。

「今日中に多分、旦那さんのところには戻ると思うんだけどね。
 雛見沢に来るのは明日かなぁ」
「そうかぁ、会ったらまた連れてきてくれよな」

そんな会話を圭一としながら、今年の会議は始まった。
…といっても僕は、単に手伝いに来ただけなんだけどね。

212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:38:30.14 ID:NgOiu6W/0
会議が終わって解散する流れの中、魅音が梨花をこっそり呼び止めた。
「ちょっといいかな。明日の梨花の予定ってわかる?」
「え?そうね…奉納演舞の前後はこのへんに詰めっぱなしでしょうけど。
 それ以外なら普通に空いてるわ。そうがどうかしたのかしら?」
「あ、りょ〜かいりょ〜かい。じゃあ、また何かあったら空いてる時間に連絡するわ」
「…?えぇ…じゃ、またね、魅音」

「悟史、お前明日仕事ないんだろ?詩音と一緒に見て回るのか?」
「むぅ、そうだねぇ。まだそんなに予定はないけど、子ども達は自分達のグループで行くみたいだね。
 圭一たちのところもそんな感じかい?」
「あ、あぁ。よく知らないけど、そんな感じだろうなぁ。うちは本部にいなくちゃいけないし。」
「そうだね。まぁ、僕らは奉納演舞は見に行くとは思うよ」
「そっか。じゃあ、その時はよろしくな」
「うん。じゃあ、また明日。圭一」

「やっぱり確実に空白の時間っていうと、奉納演舞の時くらいみたいだね…」
「そんな短い時間しか空いてないのか…」
「…困ったね。どうする?一応露伴さんに連絡する?」
「仕方ねぇよな。それだけ連絡しよう」

213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:39:11.38 ID:NgOiu6W/0
家に帰り、露伴に送るメールを作成する。
部活メンバー全員に加え、悟史も来ること。
沙都子の当日の予定については結局わからなかったこと。
沙都子を覗く全員が確実に予定しているのは、奉納演舞への出演、鑑賞だけだということ。

それだけを送って、圭一はほっと息をついた。
魅音へ振り返って、なぁ、と声をかけた。

「露伴さん…本当に来るのかねぇ」
「…五分五分かもしれないね。こんな短い時間じゃ来てても会えるかどうか…」
「あぁ、それもあるのか…」
圭一は頭を抱えたくなる。その時だった。

PCから鳴り響く短い電子音。
メールが届いた音だった。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:39:37.10 ID:NgOiu6W/0
―そちらの状況はよくわかった。
 携帯電話は持っているな?それに連絡を入れるから、電話の非通知拒否機能は外してくれ。

 僕が会う予定があるのは圭一君と魅音ちゃんだけだ。
 他の人間が混ざっていた場合、僕は躊躇なく会う予定を取り消す。
 それが何故かは会った時に教える。今は何も考えなくていい。

 あ、もしサインがほしかったら、遠慮せずに色紙を持ってきてくれ。

                           岸辺露伴

「…だってよ。無茶苦茶だな、あの人は…」
「そもそもさ、私達の携帯電話番号なんてあの人知ってるのかい?
 そこから既にわけがわかんないっていうか―」

♪ぬけだしってっぺい☆ ぬけだしってっぺい☆

急に鳴り始める圭一の携帯電話。液晶には「非通知番号」と表示されていた。
圭一は恐怖で一瞬顔を歪めたが、すぐに通話ボタンを押した。
「…も、もしもし?」

"やあ、圭一君かい?随分久しぶりだな"

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:40:24.85 ID:NgOiu6W/0
「ろっ…露伴さん!?露伴さんなんですねっ!?」
"こんな時間にそんな大声を出すなよ。社会通念ってものがないのかい?"
「あ…し、失礼しました。それで…はい、メールは見ました」
圭一は電話に没頭し始める。魅音はそれを横で聞くだけだった。
時折彼が発する驚いた声にはビックリさせられるが、電話口から漏れ聴こえる懐かしい声。
あの時の雛見沢の記憶が、実感を伴って蘇って来るようだ。

懐かしい声…?…いや、これは違う。
懐かしいなんてものじゃない。これは。これは。

あの時と…同じ声?

圭一が電話を終えた。そして、魅音に一言、こう告げた。

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:41:13.98 ID:NgOiu6W/0
ここで選択肢です

A「明日の朝…うちに来る、って…」
B「奉納演舞の時…祭具殿で待つ、って…」

>>219にエンディングフラグを立てて頂くッ!

219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/01/14(月) 01:44:13.92 ID:sHnPFM120
Bだっ!

221 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 01:55:24.51 ID:NgOiu6W/0
「奉納演舞の時…祭具殿で待つ、って…」
「…わかった。そこで全部、問いただすよ。
 こんな回りくどい手を使って何をしようっていうのかな、露伴さんはッ!」
魅音はわざと、不機嫌な声で返す。
だって、そうしないと、この動揺が圭一に伝わってしまうから。

「ピンクダークの少年」の作者、漫画家岸辺露伴は現在、29歳。

そしてあの日、あの時会った露伴さんも…それくらいの年齢に見えた。

掛け違えていたボタンが、魅音の中でどんどん解かれていく。
それは明日の夜の会見への決定的な運命の転換になることを、
この夜の魅音は、まだ知らない。
224 名前: ◆UuZF2thJYM [sage] 投稿日:2008/01/14(月) 02:02:58.67 ID:NgOiu6W/0
----TIPS----
「サービス」

くくく、まぁ、出だしのジャブは決まった、ってところかな。
明日の夜の会見は、さしずめフックからストレートへの連携とするなら、
この感触はよかったといって差し支えない。
また、電話に出たのが圭一君だったのも救われた。
魅音ちゃんだったら、少しまずかったかもしれないしな。

まぁ、今夜与えたサービスがわからないようだったら、
最後まで煙に巻いてやればいい。
もう、カードが配られたポーカーゲームと変わらないよ、こいつはッ!

さあ圭一君、魅音ちゃん。
あの日の部活の、ケリをつけよう。

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